「漢方」として伝えられてきたプラセンタ
紀元前の昔から薬として使われてきたと伝えられるプラセンタ。秦の始皇帝が不老長寿の妙薬として用いていたとか、楊貴妃やクレオパトラ、マリー・アントワネットも愛飲していたなど、超有名人にまつわるいろいろな言い伝えが残されています。
中国・明時代の書物『本草綱目』には、プラセンタが「人胞」の名で登場しています。中国ではその他に、胞衣、胎衣、仙人衣などの名称で呼ばれていたようですが、もっとも一般的な呼び名は「紫河車(しかしゃ)」。胎盤を乾燥させて粉にしたもので、やはり不老長寿の薬として珍重されていたと伝えられています。
日本には江戸時代に伝わった
日本では、江戸時代に滋養強壮、不老長寿の薬として使われるようになったといわれます。石川県金沢にある老舗の薬屋、中屋商店の滋養強壮剤「混元丹(こんげんたん)」という漢方薬にも紫河車が使われ、江戸時代「加賀の三大秘薬」と呼ばれていたようです。
プラセンタが本格的な医療分野で登場するようになったのは、1930年に旧ソ連のフィラートフ博士が「組織療法」を発表してからのこと。これは冷凍保存しておいたプラセンタ組織などを皮下に埋め込むという方法。現在のプラセンタ注射の前身といえるような感じでしょうか。
その後、日本では1950年代に入り、胎盤を埋め込むよりも安全な注射液が開発されました。それが日本生物製剤の「ラエンネック」とメルスモン製薬の「メルスモン」です。現在この2つが医薬品として厚生労働省に認可されている、医薬品としてのプラセンタ注射になります。
伝統漢方「紫河車」のこれからは?
日本に伝えられて以来、プラセンタは様々な機関で研究開発を積み重ね、有効成分の抽出技術も飛躍的に発展してきました。今では人の胎盤以外にもブタやウマ、ヒツジなど動物の胎盤からプラセンタエキスを抽出することが可能となっています。また注射剤の他に、健康食品や化粧品、ドリンク、石鹸やシャンプーなどにも使われ、とてもポピュラーな健康アイテムとなってきました。
長い歴史の中で様々な効能がうたわれ、神秘の妙薬として愛されてきたプラセンタ。かつては神秘の薬といわれていた漢方も、今は有効成分を取り出したプラセンタエキスとなり、たんぱく質・脂質・糖質(三大栄養素)の他、酵素やビタミン、ミネラルなどがバランスよく含まれていることがわかってきています。最近の研究では、微量でも非常に強い生理作用をもつ各種成長因子(グロスファクター)の存在も注目されるようになってきました。
今後、体におけるプラセンタ効果の医学的なメカニズムがより明らかにされ、健康や美容に大いに役立ってほしいものです。女性にとってはますます目が離せませんね。